【サラミスの海戦】サラミス島への行き方

世界史を動かしたヨーロッパ最大の海戦、「サラミスの海戦」。もしこの戦いがなければ、西洋の民主主義や文化は現在とは全く違う形になっていたかもしれません。
今回は、ギリシャの歴史の舞台「サラミス島」へのリアルな行き方と旅のコツを解説します。

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サラミスの海戦とは?

紀元前480年、圧倒的な軍事力でギリシャ本土へ迫るペルシア帝国(アケメネス朝)の巨大艦隊と、アテネを中心としたギリシャ連合軍が激突した、古代地中海における運命的な海戦です。

当時のペルシア王クセルクセスは数千隻とも言われる大船団を率いており、陸上・海上ともに圧倒的な優位に立っていました。

絶望的な戦況の中、アテネの天才的指導者テミストクレスは、正面からの決戦を避け、あえて本土とサラミス島の間に広がる狭い海峡へとペルシア艦隊を誘い込むという乾坤一擲の奇策に出ます。

この戦術が見事に的中し、身動きが取れなくなったペルシアの巨大軍艦は、機動力に勝るギリシャの軽量な三段櫂船(さんだんかいせん)による激しい衝角攻撃(ラム攻撃)の餌食となりました。

司令官クセルクセスが自ら見守る中、ペルシア海軍は壊滅的な打撃を受けて敗走を余儀なくされます。
この歴史的な勝利によって、西洋世界は東方からの強大な専制支配を逃れ、のちのギリシャ古典文化や民主主義の黄金期へと繋がる基盤が完全に守り抜かれました。

サラミスはどこにあるのか?

戦いの舞台となった「サラミス」は、ギリシャの首都アテネのすぐ西、サロニコス湾に浮かぶサラミス島と本土との間に挟まれた「サラミス海峡」一帯を指します。

現在は静かな港町やオリーブ畑、美しい海洋風景が広がる穏やかなエリアです。

しかし、対岸の本土側(ペラマ地区など)の丘陵地帯に立てば、かつてペルシア王クセルクセスが玉座に座り、自軍の敗北を絶望的な表情で見下ろしていたとされる歴史的な高台の景観を今なお肌で感じることができます。

日本からのアクセス方法と費用
日本からアテネへ(航空券:往復12万〜18万円)

日本からの直行便は運航されていないため、中東(ドバイやドーハなど)やヨーロッパの主要ハブ空港を経由してアテネ国際空港へ向かいます。

アテネ市内からサラミス島へ(交通費:片道約500円)

アテネの中心部(モナスティラキ駅など)から地下鉄(グリーンライン)に乗り、港町ピレウス(Piraeus)へ向かいます(所要時間約20〜30分)。

ピレウスから路線バスに乗り換えてペラマ(Perama)のフェリーターミナルへ移動し、そこからサラミス島のパルキア港へ向かうカーフェリーに乗船します。

フェリーの乗船時間はわずか15分程度であり、料金も1ユーロ強(約200円)と、現地の生活路線として非常に安価に利用できます。

旅の注意事項

アテネの華やかな王道観光(パルテノン神殿など)とは一味違う、地味ながらもディープな歴史探求の旅だからこその注意点があります。

「何もない海峡」を楽しむ想像力が必要

海峡に突き出たキュノスラ半島(Cynosura)にはささやかな記念碑(戦士の像)がありますが、基本的には穏やかな海を行き交うフェリーが見えるだけの静かな景色です。
現地を訪れる前に海戦の布陣図や歴史的背景を頭に入れ、その場で頭の中に当時の艦隊戦を脳内再生できるかどうかが旅の最大の醍醐味となります。

ペラマ地区の独特な雰囲気

本土側のフェリー乗り場があるペラマ地区は、美しい観光地ではなく、巨大なクレーンや造船所が立ち並ぶ無骨な工業地帯・労働者の街です。

極端に治安が悪いわけではありませんが、夜間の不要な一人歩きは避け、日中の明るい時間帯に訪れるのが無難です。

フェリーは高頻度で運航

ペラマからサラミス島へのフェリーは、地元住民の大切な足として15〜30分に1本という高頻度で24時間体制で運行されています。

事前の乗船チケット予約は一切不要で、乗り場で直接切符を購入するかタッチ決済で飛び乗るだけで問題ありません。

アテネからほんの1時間でアクセスできる、世界史の巨大な転換点。
フェリーの心地よい潮風を浴びながら、2500年前の三段櫂船が激突した歴史の波濤に思いを馳せる「Nichadventure Note」な旅路へ出かけてみてください。

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